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第29回 グラビン、マダックス、トーマスがアメリカ野球殿堂入り!2014年01月14日
【目次】
[1]5位 FAの建山義紀がヤンキースとマイナー契約 / 4位 新垣、大瀬良らを育てた九州共立大の仲里監督が勇退
[2]3位 北海道日本ハムの二岡智宏が現役引退を決める/ 2位 埼玉西武、阪神が人的補償選手を発表!気になる移籍選手は?
[3]1位 グラビン、マダックス、トーマスがアメリカ野球殿堂入り!
今週のWeekly TOP5! 今週はこの野球ネタで盛り上がれ!
日本では移籍人事で盛り上がり、そしてアメリカではアメリカ野球殿堂入りが発表された1週間でした。それでは1/6~1/12のニュースをチェック!
5位 FAの建山義紀がヤンキースとマイナー契約

1月8日(水)、ニューヨーク・ヤンキースが建山 義紀投手(38)とマイナー契約を結んだことを発表した。
建山は日本ハム時代から主に中継ぎとして活躍し、438試合に登板。通算27セーブ、通算84ホールドを上げた。常に50試合前後登板ができて、防御率2点~3点台に収められる頼もしい中継ぎだった。2011年にMLB入りし、1年目では39試合に登板し、防御率4.50。44イニングを投げて、43奪三振。イニング同様、奪三振が奪える右サイドハンドとして存在感は示したものの、2年目の2012年は14試合に登板し、防御率9.00と不調に終わった。
2013年はニューヨーク・ヤンキースへ移籍。MLB昇格はなかったが、リリーフを中心に21試合で防御率1.70と好成績を残した。FAになったが、再びヤンキースと契約することなった。MLB通算53試合登板。61回を投げて61奪三振。三振が奪える右のサイドハンドとして期待は高い。建山はマイナーキャンプに招聘され、ここでMLB昇格のためにアピールしなければならない。東海大仰星の同級生である上原 浩治はワールドシリーズで胴上げ投手となって脚光を大きく浴びた。それだけに大きく闘志を燃やしているに違いない。ぜひMLBに昇格し、ヤンキースの中継ぎスタッフとして活躍してほしい。
・建山 義紀選手の球歴
東海大仰星ー甲賀総合科学専門学校-松下電器(現・パナソニック)-日本ハムファイターズ・北海道日本ハムファイターズ(1990年-2010年)-テキサス・レンジャース(2011年-2013年)-ニューヨーク・ヤンキース(2013年)
4位 新垣、大瀬良らを育てた九州共立大の仲里監督が勇退

仲里監督の指導を受けた大瀬良大地投手
野球部で培った経験を下地にプロで活躍を目指す
1月10日(金)、今年の春季リーグ限りで退任を決めた九州共立大学硬式野球部の仲里清監督が記者会見を行った。
九州の大学野球の強化に大いに貢献し、さらにプロで活躍する人材を多く輩出した仲里監督。豊見城~中京大を経て、1977年に九州共立大学の監督に就任。1996年の全日本大学選手権では準優勝、1999年の明治神宮大会では優勝と、全国を代表する強豪に押し上げた。
その間にプロ入りを果たしたのは14名。投手では新垣 渚(ソフトバンク)、馬原 孝浩(オリックス)、大瀬良 大地(広島、(2013年12月10日インタビュー)、野手では柴原 洋(元ソフトバンク)、田上 秀則(元ソフトバンク)と名選手を輩出している。
その中でもタイトルホルダーとなった新垣 渚は高校時代に最速151キロを計測した逸材。ダイエー、オリックスとの競合になり、オリックスが交渉権を獲得したが、ダイエー以外ならば進学と決めていた新垣はプロ入りを拒否した。九州共立大に進学した新垣を預かった仲里監督はじっくりと育成。高校時代、故障が多かった新垣を4年計画で育成。大学4年になった新垣は最速156キロを計測する投手へ成長した。新垣はダイエーに入団後、2004年から3年連続二桁勝利、2004年に最多奪三振を上げる活躍を見せた。また、最速153キロ右腕の大瀬良のように大型投手を育てあげるのが得意な指導者である。
仲里監督は今年で60歳を迎える。今後は野球部に籍を置くことはないようだ。これからも広い範囲で九州の野球界に貢献していただきたい指導者である。
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